「ピースリング・オブ・グアム」は1998年、南太平洋戦争戦没慰霊塔の清掃と供養をする事から始まりました。毎年年2回の定例清掃会を行い、2005年11月に法人としてグアム政府から認可を受けました。

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特集 大切な人が眠る島・グアム -4-
2009-08-08 Sat 14:11
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My Favorite Journey Special Version
 
大切な人が目塗る島・グアム

これは、グアム島で戦死した日本兵遺族の、
初めての慰霊碑建立に同行した取材記録である。

清掃をしながら、跡地にある壕の中に入った。入り口は屈まなければ入れないほどの大きさだが、奥に行けば行くほど広く、押し込めば三〇名ほどはゆうに入れそうな広さだった。中は真っ暗で、暑い。黙って中に入っていると、しんとしていて耳が痛くなりそうだった。

日本軍司令部跡地。木々が生い茂り、手入れしなければ跡地もすぐにジャングルの中に埋れてしまう 

日本軍司令部跡地。木々が生い茂り、手入れしなければ

跡地もすぐにジャングルの中に埋れてしまう


 この土の下、彼らの命が散ったのだと思うと、足の下に今も多くの兵隊を踏んでいるような気がして、立っているのも申し訳なく感じた。参加者の一人が、「紙切れ(赤紙)一つで、こんな所まで呼ばれて、たまったものじゃなかっただろうなあ…」と呟いた言葉が、胸に染みた。

清掃を行って、皆で和になり黙祷をした。風が吹き、汗だらけの肌には心地よかった。木々がざわざわと揺れる。私のそばで、平太郎さんがふと口を開いた。


日本軍司令部跡地内には、現在4つの壕が残されている。壕の入り口は屈まなければ入れないほど狭いが、中に行くほど広くなる。 

日本軍司令部跡地内には、現在4つの壕が残されている。

壕の入り口は屈まなければ入れないほど狭いが、中に行くほど広くなる。


「ここに毎回来るたびに、竹がざわざわと鳴るんだけど、私にはそれが兵隊さんたちの声に聞こえて仕方がない。兵隊さんが私を呼んでいるように聞こえて…。本当に、こんな場所で死んでしまって、……かわいそうにね」

 平太郎さんが、目頭を抑える。汗だらけになった彼の頬を、涙が伝った。

・・・次回に続く。

Photos & Text by
中央評論第264号(中央大学出版部)
中央大学総合政策学部4年
國吉美香

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